ネット上で、非常に興味深い記事を見つけた。
http://www.afpbb.com/article/3017791(現在、記事は削除)
以下、主要な部分だけをコピペしておく。
「注意欠陥多動性障害は遊牧民には有利か、米大学研究 米ノースウエスタン大学(Northwestern University)の研究チームは、ケニアの遊牧民を対象に行った調査で、ADHDとの関係が指摘されているドーパミン受容体遺伝子が、牛を放牧する遊牧民の集団においては良好な健康状態と理想的な体重をもたらす一方、最近定住して農業を営むようになった彼らの親族では栄養不良を引き起こした可能性があることを突き止めた。
研究を主導した大学院生(人類学)のダン・アイゼンバーグ(Dan Eisenberg)さんは、「人間の数ある個性の一部が、状況に応じて進化上有利になったり有害になったりする可能性を示唆している」と指摘。
「ADHDを単に病気としてではなく、適応要素の1つとして考えられるようになるかもしれない」と述べた。」
かなり大雑把に結論だけを要約すると、主に集団行動において問題の生じる発達障害の一種であるADHD(注意欠陥多動性障害)の遺伝因子は、ある特定の生活形態においては、むしろ優位に作用している可能性がある、ということである。
つまり、ADHDは障害というよりも、本来ある環境に適応するために人類が生み出した、一種の「性格」かもしれないというわけだ。
かなり興奮した。 私自身カウンセラーとして、ADHDや広汎性発達障害(高機能自閉症やアスペルガーなど)の子どもたちと接するとき、常に、やはりこれは一種の性格と考えるべきではないかと感じ続けてきたからである。
たとえばADHDとされる人は、行動が衝動的であるという特徴を持つが、それは言い方を変えると、本能の命ずるままに躊躇なく動くということであり、そのような性質が優位に働く場面は容易に想定できる。
たとえば、多くの動物とともに暮らす生活形態などにおいてである。
実際、冒頭に上げた記事によれば、この仮説を導く研究対象となったのは、アフリカの遊牧民だった。
他に、アスペルガー症候群の人たちの徹底したマニアックな感覚・行動パターンなども、ある種の職人やある種の研究者としては、むしろその職業が向いている特徴だといってよい。
では、こういった人たちにとって、まったく不向きな環境とは何か。
言うまでもなくそれは、規模の大きな集団や組織だ。
もっと正確に言うならば、平板な価値観に支配され、画一的な行動や発言を要求される集団や組織である。
その最たるものの代表は、まずもって学校ではないだろうか。
現代の日本社会の中で、ADHDや広汎性発達障害が最初にクローズアップされたのは、まさに学校場面においてなのである。
そこに適応できないからといって、彼らばかりを異常とみなして、学校の構造的矛盾・異常さに目を向けないのは、論理的に不完全といわざるを得ない。
不登校についても、本人の能力にも家庭にもさほど大きな問題のない人が不登校になってしまうケースが、最近は異常に多い。
学校側の矛盾に目が向けられていない以上、ADHDや広汎性発達障害とされる人々は、不当に異常者扱いされてしまっていることになる。
昨今、猟奇的で無差別な犯罪が社会問題となり、犯人の広汎性発達障害の可能性がよく取りざたされるが、彼らが異常だから犯罪を犯したというよりも、不当な形で学校や周囲から否定され続けた生育歴が、爆発的な破壊衝動を引き起こしてしまったケースは少なくないはずだ。